「よろしければ、ミルクはお使いになりますか」
レースのカーテンを透かして午後の光が斜めに差しこみ、店内の銀のトングが小さくきらめく。人見知りの店主・瀧は、ほんの少しだけ目を伏せ、カップの縁まで音もなく紅茶を満たす。カウンターの端では相棒のキームン君が尻尾をゆるやかに揺らし、常連の来店をいち早く合図する。街の喧騒から半歩だけ離れた、紅茶専門店の一角に、今日も静かな物語が積み重なっていく。
第5巻は、瀧という人物の輪郭がこれまで以上に柔らかく、しかし確かに深く描かれている。極度の人見知りで言葉少なな彼が、茶葉の産地や焙煎、抽出の温度について語る時だけは舌がほどけ、心の窓がそっと開く。その変化に呼応するように、キームン君も時おり低く鳴いて空気を和ませる。読者は、紅茶の香りと猫の温度で満たされたページの上で、誰かを思い出し、また自分自身を少しだけ赦していくことになるだろう。
今巻で印象的なのは、どこか影を持つ客人たちが、紅茶の一杯を媒介にささやかな和解や再出発を見出していく連作的な構成だ。約束を守れなかったことを悔やむ青年、家族写真のアルバムを抱えたまま言葉を失った老婦人、仕事がうまく回らず自信を無くした菓子職人見習い。彼らは最初、店の静けさに少し居心地の悪さを覚えるが、瀧が差し出す温度の正確な紅茶、そしてキームン君の「そこまで踏み込みませんよ」という距離感によって、固く結ばれていた胸の結び目が、いつの間にかほどけていく。
紅茶と菓子の取り合わせは、これまで以上に物語性を帯びる。ダージリン・ファーストフラッシュの若い香りには、柑橘ピールを利かせたタルトを。コクのあるアッサムには、塩味の効いたバターサブレを。店のショーケースに並ぶ焼き色の美しいパウンドケーキは、切り口のしっとりとした気泡まで丁寧に描かれ、読みながら湯を沸かしたくなる。レシピを開示する物語ではないが、温度と時間、待つことの効用が、台詞とコマ運びによって読み手の身体感覚にまで届くのがこのシリーズの妙味だ。
人見知りの瀧にとって、紅茶は「話すための道具」ではなく「聴くための道具」である。手元の所作に集中することで、余計な自己主張が削ぎ落とされ、相手の言葉が自然に店内へ流れ込んでくる。沈黙が怖くない場所。ここでは言い淀みもため息も、湯気の向こう側で形を変える。キームン君は時として客の膝へ、時として棚の上へ。距離の取り方が絶妙で、過干渉にも放置にもならない。その佇まいが、瀧の接客哲学の視覚的な翻訳になっているのが面白い。
第5巻では、瀧の過去に少し触れる短編も配される。彼がなぜ茶を選び、なぜ店を構え、なぜ人見知りのまま「扉を開け続ける」ことにしたのか。過剰な説明はないが、茶葉の仕入れ票や古びたメモ、初期のメニューに残る拙さが、丁寧なコマ割りで示される。言葉にしない語りの豊かさは、この作品の静かな品格だ。
一方で、遊び心も忘れない。キームン君の「今日の気まぐれ巡回」、常連による「隠しブレンド当てクイズ」、雨の日だけ出る「翳りのチーズケーキ」。小さな趣向が、読者の頬をゆるませる。瀧の実直さに、店という生き物のユーモアが重なり、読後は小さな鈴の音が耳に残るような余韻がある。
評価の声も多彩だ。
「紅茶の描写が美術的で、液面のゆらぎまで聞こえるようだ」
「登場人物の悔いや逡巡が、説明に頼らず所作で伝わってくる。静かなのに濃い」
「猫の存在が“慰め”に回りすぎない。自律した相棒としての描き方が好き」
「疲れた夜に読むと、自分の呼吸が戻ってくる。ページを閉じてからやっと喉が渇く感じがする」
書籍担当者や喫茶愛好家からも、「紅茶文化への敬意が行間に満ちている」「一話ごとに適温が違う」といった言葉が寄せられ、シリーズの成熟を確かめる一冊との呼び声が高い。
美術面では、器と布の描き込みが一段と精緻になった。白磁の淡い影、スプーンの映り込み、コースターの織り目。派手さはないが、光が質感へ移ろう過程が丁寧に追われており、紙面の静けさそのものが価値になるタイプの画面だ。とりわけ夜のシーン、閉店後に瀧が明日の仕込みをしながらキームン君に話しかける場面のハッチングは、読者の時間感覚をふっと遅くする。
物語は「癒し」だけで完結しない。悔いは消えないし、別れは避けられない。けれど、適温の湯で茶葉を起こし、待つ。抽出の間に、言葉を選び直す。最後の一滴まで注いだら、そっと差し出す。儀式のような反復が、傷を治すのではなく、傷と一緒に生きる手つきを教えてくれる。第5巻は、その技法が最も洗練された形で提示されている。
紅茶の銘柄もさりげなく広がる。祈るように立ち昇るジャスミンの香、芯のあるニルギリの透明感、キームン紅茶の端正なスモーキー。甘さに頼らず余韻で語るブレンドが多く、菓子の砂糖は控えめ。読者は自分なりのペアリングを脳内で試しながら、ページを進める喜びを得るはずだ。
そしてキームン君。猫は気まぐれで、しかし正確だ。彼が見つめる先に、たいてい物語の種がある。撫でてほしい時は近づき、独りにしてほしい時は棚に登る。瀧はそのサインを読むのが上手い。人に対しても同じように、寄りすぎず離れすぎない。だからこの店では、誰も“治される”ことを強いられない。自分の速度で温まって、ほどけたら帰ればいい。ただそれだけの場所が、どれほど貴重かを私たちは知っている。
第5巻を閉じる頃、読者はきっと電気ケトルのスイッチに手を伸ばす。好きなカップを選び、戸棚から茶葉を出し、湯の音に耳を澄ます。物語が促すのは消費ではなく「仕度」だ。目の前の一杯を丁寧にすることは、目の前の一日を丁寧にすることと同義なのだと、瀧とキームン君が静かに教えてくれる。
扉の上の小さなベルが鳴り、次の客が入ってくる。瀧はほんの少し緊張し、けれど笑う準備をする。キームン君は背伸びをして、新しい匂いを吸い込む。大事なことは、いつも同じ所作の中にある。第5巻は、その“同じ”をどれだけ愛おしく積み重ねられるかを、やわらかい筆致で確かめる一冊だ。
③ 試し読みサイト(URL 直貼り)
- eBookJapan → https://ebookjapan.yahoo.co.jp
- コミックシーモア → https://www.cmoa.jp
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